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静岡地方裁判所下田支部 平成8年(ワ)9号 判決 1998年3月19日

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は原告に対し、金三四九七万二三二八円及びこれに対する平成六年九月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、被告との間で締結された第三者名義による四〇〇〇万円の定期預金について、預金者であると主張する原告が預金の払戻を請求している事案であり、被告は、預金者は原告の元夫である訴外甲野太郎であると争っている。

二  証拠上明らかな事実(争いのない事実を含む。)

1  原告と訴外甲野太郎(以下、「太郎」という。)は、昭和四三年、婚姻届出をなした夫婦であるが、平成六年一二月八日協議離婚した。

2  原告と太郎は、平成四年一二月一日、被告中部支店(以下、「被告支店」という。)を訪れ、被告理事長乙川一男及び中部支店長丙山洋(以下、「丙山」という。)と面談の上、右理事長の息子乙川春男(以下、「乙川」という。)の名前を借用して、同人を預金名義人とした期間を二年とする四〇〇〇万円の定期預金を預け入れた(以下、「本件定期」という。)。なお、届出印は、市販の「乙川」なる印鑑(以下、「旧届出印」という。)が使用された。

3  太郎は、本件定期を担保にして、被告から、平成五年二月一二日に一〇〇〇万円、同年五月二〇日に五〇〇万円を借り入れた。

4  平成六年二月二日、被告は太郎からの本件定期の解約申入れを受けたことから、太郎の右借入金を精算し、その残額の内金約一二〇〇万円を現金で太郎に交付し、その余は、新たに太郎との間で太郎名義で一〇〇〇万円、甲野次郎名義で五〇〇万円の各定期預金とする処理をなした。その後、太郎は右預金を解約し、後者については、平成六年五月二日、太郎名義の普通預金とした。

5  ところで、原告は、本件定期が解約されたことを知り、太郎との離婚を決意するに至り、平成六年六月一〇日、原告は太郎に対する離婚慰謝料一〇〇〇万円を被保全債権として、右4項の太郎の普通預金五〇二万七六七二円の仮差押を求める保全処分を申立て、その旨の決定を得た。

6  その後、原告と太郎は、離婚を巡る交渉を行い、一応の合意が成立したことから、平成七年一月三一日、原告は右仮差押命令の申立てを取下げるとともに、原告と太郎は、平成七年三月ころ、離婚及び財産分与等に関する和解(以下、「本件和解」という。)をなし、合意書(乙九)を作成した。

三  争点

1  本件定期の預金者は、原告と認められるか。

2  原告と認められた場合、太郎への払戻は債権の準占有者への弁済或いは原告の追認により、有効な弁済となるか。

第三  当裁判所の判断

一  前記二の事実のほか、<証拠略>によると、以下の事実が認められる。

1  平成四年一二月一日、本件定期成立の際、丙山は、原告と太郎のいる場所で共通印鑑届(乙一)に、乙川の住所氏名等を記載するとともに、連絡先を太郎とする旨同人から確認を得た。その上で預金担当者が、右書面に「定期満期分は甲野太郎様へ連絡する事」なる文言を記載した。席上、本件定期の資金が誰のものであるかについて話はなかった。

2  太郎は、本件定期を担保にして、平成五年六月八日に二五〇〇万円を、被告から借り受けた。右借入金は、静岡県下田市<略>所在の宅地(一五八・六七平方メートル)の購入資金に充てる目的で、被告の行っているマイホームプラン手続のための、つなぎ融資であった。原告と太郎は、平成五年七月七日、右マイホームプランの借入申込書(乙三の1)に申込人として連名で署名捺印しており、右土地については、平成五年六月一〇日付けをもって、原告と太郎名義(持分各二分の一)への所有権移転登記手続がなされている。

3  平成五年一二月一日、原告は丙山に対して、三文判では不安がある旨告げ、太郎の了解を得ずに旧届出印を、同じ乙川名義の新たな印鑑(以下、「新届出印」という。)に変更する改印手続を行った。

4  一方、平成六年一月末ころ、太郎は、被告支店に赴き、丙山に対し、第三者である乙川名義のままでは迷惑がかかる旨説明し、本件定期を太郎名義に変更するよう求めた。その際、太郎は、改印手続がなされていることを知り、丙山は太郎に新届出印にかかる届出用紙の写しを交付した。

以上の事実が認められ、前記証拠中、右認定に反する部分は採用しない。なお、原告は、旧届出印は自ら保管しており、右2項の借入時に太郎が作成した担保差入証(乙五及び六の各1)の乙川名義の印影は、太郎が旧届出印を偽造して押印したものである旨主張するが、旧届出印を保管していたのは太郎或いは被告であると認められ、右主張は採用できない。

二  ところで、原告は、本件定期の資金は、原告が経営する飲食店の利益にかかるもので出捐者は原告であるから、本件定期の預金者は原告である旨主張している。

なるほど、原告提出の甲号各証、証人岩渕正義の証言並びに原告の供述を総合すると、本件定期は、原告が中部銀行下田支店において架空名義で手続をなした預金が資金源となっており、右預金は、原告が主体となって経営していた飲食店の営業利益によって蓄積されたものであることが一応認められる。

しかしながら、本件証拠を検討しても、右預金が太郎と全く無関係に形成された原告固有の財産であると認めるに十分でなく、むしろ原告と太郎との夫婦共有財産(したがって、離婚に際し財産分与の対象財産として精算処理されるべき性質を有するもの)であると認めるのが相当であり、出捐者が原告である旨の主張は、にわかに採用できない。

三  以上の事実関係によれば、被告は、太郎を預金者と認めて本件定期を受入れ、以後の手続を処理していることが明らかである。そして、当時本件定期の資金が原告に帰属するとの話が出た形跡はなく、太郎を預金者として扱うことに原告が異議をとどめた事情も認められない(原告がなした改印手続も原告名義に変更するものではないから、被告の認識に変更をきたすものとはいえない。)から、たとえ原告が本件定期は自分固有の資産であると思っていたとしても、原告自身、預金者を太郎とすることは、これを許容していたとみることができる。

そうだとすれば、本件定期の預金者は太郎であると認めるのが相当である。

四  以上のとおり、本件定期の預金者は太郎であり、原告の主張は採用できないので、その余の争点について判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由がない。よって、主文のとおり判決する。

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